ベトナム柔道協会(ベトナム国際柔道大会)の来歴と抱負
第1回大会の開催まで
日本は毎年8月が近付くと、「広島・長崎・敗戦」思い出させる日を迎える。その頃にベトナムホーチミン市で恒例となった「ベトナム国際柔道大会」が開催される。
今年は同市創設312周年、同市の変遷を辿ると1623〜1698年の間に人々は北部及び中部ベトナムから多数南下し、メコン川流域を開拓しつつ定住し始めた。この地区は1698年にサイゴン発祥の一里塚としてタンビン地区と命名され、その後数回の呼称変更を経て1856年からサイゴン市、1976年7月2日からホーチミン市と改名した。
私が小学校低学年の頃、シンガポールが陥落、昭南島と改名され、紅白饅頭とゴムマリを学校で頂いて以後、旧日本軍が派兵された東南アジア地域に興味を持っていた。古今東西、兵の移動には必ず何等かの文化の移動も伴うからだ。柔道も派兵と共に普及したのでは?
1961年4月1日に三菱日本重工業・横浜造船所に入社して3年後の'64-4-17〜5-20の34日間、休暇で最初の訪問地シンガポールに6日間滞在後、乗合タクシーを乗継ぎ、マレーシアをイポ・クアラルンプール・ペナン島迄北上後、空路でタイ(ソンクラ・ハチャイ・バンコック)・カンボジア(プノンペン・アンコールワット)・ベトナム(サイゴン)・フィリッピン(マニラ)・香港・台湾(台北)と移動した。
その後、シンガポールには'70年立寄り、'86〜93の8年間は当地環境省の世界最大処理能力の『ごみ焼却工場』の保証技師等の仕事で滞在した。ゴルフも麻雀も出来ない私に仕事が一段落した後、日暮迄退屈で、地元の柔道場に通って、楽しく稽古が出来た。
そしてシンガポール柔連のK.S.ムーティ会長から「自国で'93年6月に隔年開催の東南アジア大会が開催されるのに、3月になってもベトナム柔道協会からの参加申込が督促しても返事が無い」との相談を受け、直接返事を確認する目的で、ホーチミン市にホン会長を訪問、夜は彼のバイクの荷台に乗り市内の道場を見学した。
柔道と言えば、畳を連想するが、此処では一切畳が存在しないとの事で、緩衝材の上に黒いシートを敷いた如何にも怪我を誘発しそうな道場だった。意思さえ有れば、どん環境でも克服して稽古は可能だと教えられた。然し、稽古は可能でも公式試合を開催するには、一定の基準を満たした畳と柔道衣が必要であった。
4月にホン会長を日本に招待し、講道館を訪問し嘉納行光旧館長とも面談し中古畳128枚を払下げて頂く事が決まり、早大柔道部OBの坂元英郎氏の御厚意でベトナム迄運搬して頂いた。
1993 〜 1998
- '93第1回大会11月05〜07日、その畳で近隣5ヶ国(THA,SIN,MAS,TPE,BGD)を招待してホーチミン市で小規模に開催。
- '94第2回大会8月26〜28日、日本1位(国士舘・国際武道大で全階級)・韓国・台湾が参入。
- '95第3回大会8月11〜13日、アジア柔連主催の国際審判検定研修会場として活用され、全日本柔道連盟の先生方が数名がアジア柔連役員として参加。米越国交回復正常化の年を記念して米国柔連会長に選手団の派遣を要請したが果たせず、代って米国在住の天理大学柔道部OB今村春夫氏親子を招待した。国際柔連会長選を控えてか、韓国籍・朴立候補者の肝入で第1位韓国。
- '96年7月
丸の内柔道倶楽部所属清家春夫警視庁第二機動隊長(当時)の取計いで払下げて頂いた中古畳163枚の海上輸送は在ホーチミン市日本商工会の御厚意で運んで頂いた。この畳を加えて公式試合場が2面設置が可能になり、ベトナム戦争後初の大会開催準備整完了。
- '96第4回大会8月24〜25日、アジア柔道選手権大会を控えてか中国・カンボジア・香港・マカオが初参加。第1位中国・第2位日本。 日本は男子国士舘単独チームで、金5銀1銅1の快挙。
- '96アジア柔道選手権大会11月06〜11日ホーチミン市ファンディンフン屋内競技場で開催、22ヶ国参加。日本は前年'95年9月のIJF会長選挙(於幕張)で選挙資金不足が原因で惨敗した筈なのに、各国の派遣選手団人数では、日本40、台湾34、カザフスタン29、比国26、韓国・中国各21、ウズベキスタン19、北朝鮮17、越国・キルギスタン各15、インドネシア14、イラン13、インド・泰国各12、マカオ10、蒙古・香港・バングラディシュ各9、シンガポール8、タジキスタン6、トルクメニスタン5、マレーシア3。
- 注記
地元幕張の'95年IJF会長選挙に惨敗した日本の選手団は嘉納旧館長以下と IJF会長選挙で快勝した韓国の選手団21名の2倍近い人数を派遣、'95年9月のIJF会長選挙(於幕張)の選挙参謀格でアジア柔道連盟(JUA)理事(マーケッティング部長・当時)の猪熊真氏は講道館を円満?退館され岡山県庁観光物産課長として勤務、昨年2月21日付で懲戒免職処分。
『天網恢恢疎にして漏らさず』
- '97 第5回大会8月09〜10日、全日本柔道連盟に選手選考を渡航費・滞在費は全額ベトナム柔道協会(In Japan)が負担する約束で依頼。 団長の佐藤毅警察大学校術科教養部長(当時)の一年以上に及ぶ根回し・御尽力が功を奏して、ジュニア強化策の一環として学生・警察・社会人と日本柔道の三大基盤から選考、男女各8階級計16階級で金12銀2銅2。
- '98第6回大会8月08〜09日、無差別が廃止、男女各7階級計14階級で金8銀3銅1。ミャンマー・インドが初参加。
第5回大会以降は全日本柔道連盟に選手選考を依頼し、渡航費・滞在費は全額ベトナム柔道協会(In Japan)が負担する約束で待機していた処、大会開催間際に全柔連強化部門側の都合で派遣不可のドタキャンが有り、再び日本選手団選手選考選出はベトナム柔道協会側で総て実施する事とした、IJF理事ゼロ醸成の予兆。
1999 〜 2009
- '99年6月23日に中国・温州で行われたアジア柔道連盟会長選挙に立候補された竹内善徳が当選。
- '99第7回大会8月06〜07日、日本選手団(東京実柔連)。
- '00第8回大会8月05〜06日、日本選手団(東京学柔連)。
- '01第9回大会8月03〜04日、日本選手団(関東学柔連)。
- '01第2回アジアジュニア柔道選手権大会11月06〜08日、全日本選手団(全学柔連)。
- '02第10回大会8月02〜03日、日本選手団(沖縄・長崎・広島)。
- '03第11回大会8月01〜02日、日本選手団(沖縄・長崎・広島)。
- '03年9月11〜14日、世界柔道選手権大会(大阪城ホール)に濱邊武ベトナム・ナショナルチーム監督率いるコーチ1名・女子選手6名 計7名は天理教信者用宿舎に泊り、女子選手5名は選手権に出場、その後も第22回東南アジア競技会柔道に備え天理大学柔道部で強化合宿、食事は濱邊監督夫人が自宅で炊出し、7名X3ヶ月間近くの食事を私財で賄われた。その甲斐有って
'03第22回東南アジア競技会柔道12月06〜08日、ASEAN 9ヶ国でベトナムが第1位獲得。
- '04第1回ハノイ国際柔道大会6月24〜25日、日本選手団{男子90Kg・前田(慶大4年)、男子81Kg・松尾(国武大卒)、女子48 Kg上原(天理大卒)}。
- '04第12回大会7月30日〜8月01日、日本選手団(沖縄・長崎・広島・慶大・東洋大・徳山大)。
- '05第13回大会は'02第10回大会から、大会名もホーチミンテレビ杯と冠大会としたが、第13回大会開催直前に突如スポンサー(ホーチミン・TV)が辞退。その為、混乱を避ける目的で第13回大会を欠番とした。
- '05第14回大会7月29〜31日、日本選手団(沖縄・長崎・広島・慶大・東洋大・徳山大・東大)。
- '05第2回ハノイ国際柔道大会5月22〜23日、日本選手団(慶大・九州共立大・本田技研・皇學館高教・桜美林大OB)。
- '06第3回ハノイ国際柔道大会5月06〜07日、日本選手団全日本柔道連盟に選手・役員・審判の渡航費・滞在費は全額ベトナム柔道協会が負担する条件で選考を依頼し、お引受け頂いた結果、金獲得数中国6,韓国4,ベトナム3,中国広西市2,日本1(筑波大OB・セコム)。日本はアジア柔連会長予備(前哨)戦だと気付かず大敗。この時、IJF日本人理事ゼロ確定。
- '06第15回大会7月30〜31日、日本選手団(慶大・東洋大・日大・東海大・中大)。
- '07第16回大会8月04〜05日、日本選手団(慶大・東洋大・三菱重工名航・東海大・シミズオクト)。
- '07年12月05日未明、ベトナム柔道協会Mr. Hoang Viet Hung会長が急逝。
- '08第17回大会8月05〜06日、日本選手団(慶大・東洋大・三菱重工名航・東大・筑波大・国際武道大・立命館大・法政大)。
- '09年6月02日、ホーチミン市で前会長故Mr. Hoang Viet Hung急逝後、1年半振りのベトナム柔道協会・会長選挙で、ハノイに本拠地を有するケーブルTV会社VTC副社長Mr.
Tran Duy Phuong が会長選に立候補して当選、同日付でベトナム柔道協会の名称も連盟に改称。
- '09年7月01日18:00〜交詢社で第18回ベトナム国際柔道大会日本選手団壮行会兼日本ベトナム柔道友好協会設立記念祝賀会開催。
- '09第18回大会7月04〜05日、日本選手団(慶大・東洋大・三菱重工名航・筑波大・国際武道大・立命館大・法政大・日大)。

第8回大会(2000)

第11回大会(2003)
2010 〜
- '10第4回ハノイ国際柔道大会 4月17~18日
日本選手団選手不参加,団長と応援団(和田力)のみ参加
- '10THE HCMC FRENDSHIP COMPETITION 9月11日
- '11日越対抗友好柔道大会 in 2011沖縄4月22〜23日
ベトナム柔道協会(ベトナム国際柔道大会)の今後に向けて
'93第1回大会を開催以降、'10第19回大会(THE HCMC FRENDSHIP COMPETITION 2011年9月11日)開催までの間に、ベトナム国内で(ベトナム国際18・ハノイ国際3・アジア柔道選手権大会1・アジアジュニア柔道選手権大会1・東南アジア競技会柔道1)計24の国際大会を開催した。
17年間に日本選手団としてベトナムに派遣された選手数300名近く、参加各国の選手数延3,000名に達しました。この数に役員・審判・応援団としてご参加下さった方々の人数を加算致しますと更に増えます。
今迄は実績作り最優先を理由(自分自身への言訳)に甘え、ご支援ご協力下さった方々への報告・挨拶を後回しにしておりました。然し経歴最高のお方に会長をお引受け頂き、永年の念願叶って日本ベトナム柔道協会も設立出来たのですから、今後は先ず今迄の活動を当方の活動状況等を皆様方宛てメール配信(情報提供)し、皆様方からの当方へのメール配信(情報収集)もお待ちしております。
ベトナム柔道連盟 名誉会長
日本ベトナム柔道友好協会 事務局長
和田 力
- 連絡先:TEL:03-3351-9131
- 携 帯:090-1662-2960
- e-mail:wada009@attglobal.net
- FAX: 03-3351-9132
- 〒160-0002 東京都新宿区坂町6